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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)10472号 判決

原告 亡丸谷吉清訴訟承継人 藤永純

同 同 丸谷聡

同 同 丸谷敦

同 同 安田仁子

右原告ら四名訴訟代理人弁護士 東幸生

右原告ら(原告藤永純を除く)三名訴訟代理人弁護士兼東幸生訴訟復代理人弁護士 平井龍八

被告 宇野外科整形外科医院こと 宇野太平

右被告訴訟代理人弁護士 前川信夫

主文

一  被告は、原告藤永純に対し、金二五一三万八一三八円及びこれに対する平成二年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告丸谷聡及び同丸谷敦それぞれに対し、金一〇〇五万五二五五円及び右各金員に対する平成二年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告安田仁子に対し、金五〇二万七六二七円及びこれに対する平成二年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

六  この判決は、第一項ないし三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告藤永純に対し、二六八〇万三一九三円及びこれに対する平成二年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告丸谷聡及び同丸谷敦それぞれに対し、一〇七二万一二七七円及び右各金員に対する平成二年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告安田仁子に対し、五三六万〇六三九円及びこれに対する平成二年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、亡丸谷吉清(以下「吉清」という。)が被告経営に係る宇野外科整形外科病院(以下「被告病院」という。)において、右第一趾内側の自潰した水疱についての治療を受けていた際、糖尿病壊疽を発症し、右下肢の切断を余儀なくされたことについて、右切断は被告が吉清の右第一趾内側の水疱の形成及び治癒遷延の原因についての診断を適切になさず、漫然と低温熱傷としての治療を続けたために早期発見が遅れたことによるものであるとし、吉清の遺族である原告らが被告に対し、不法行為あるいは債務不履行に基づき、その損害の賠償を求めた事案である。

一  前提事実(証拠を掲記した以外の事実については当事者間に争いがない。)

1  当事者等

(一) 吉清は、昭和五年三月八日生まれの男性であり、平成二年当時、四天王寺国際仏教大学に教授として勤務していた。

(二) 原告藤永(旧姓丸谷)純は吉清の妻であり、同丸谷聡及び同丸谷敦は吉清の嫡出子であり、同安田仁子は吉清の非嫡出子であって、右四名は吉清が平成八年六月一三日に死亡したことにより吉清の財産上の地位を承継した。 (弁論の全趣旨)

(三) 被告は医師であり、宇野外科整形外科病院(被告病院)の名称で個人病院を開設・経営している。 (被告本人)

2  治療経過の概要及び吉清の後遺障害の発生等

(一) 吉清は、平成二年一月一九日、「前日、靴下が濡れていたので脱いで見たところ、右の第一趾に水膨れができ、それが崩れていた。」旨を訴えて、被告の診察を受けた。その際、吉清の右第一趾内側には自潰した水疱が認められた(以下、右病変を「本件足病変」という。)が、創部の疼痛は認められなかった。

(乙一の1、吉清本人、被告本人)

(以下、月日の記載は特記しない限りいずれも平成二年のことであり、年の記載を省略する。)

(二) 吉清は、同日、被告との間で、本件足病変に関してその原因ないし病名を的確に診断した上、その症状に応じた適切な療養指導及び治療行為をなすことを内容とする診療契約を締結した。

(三) 被告は、同日、原告の本件足病変を低温熱傷によるものと診断し、以後、二月二六日までの間、低温熱傷であることを前提とした局所治療を実施した。 (乙一の1、被告本人)

(四) 吉清は、二月一八日から同月二四日まで、ロサンゼルス及びハワイに渡航した。 (甲三九、吉清本人)

(五) 吉清は、二月二七日、被告の紹介により淀川キリスト教病院に転院したところ、右足第一ないし第四趾の糖尿病壊疽との診断を受けた。

(乙一の3)

(六) 吉清は、二月二八日、右病院において、右足甲(右足根骨)の切断手術を受けたが、術後の経過が悪く、三月一五日、右下肢膝下部の切断手術を受けた。 (甲二、一五)

二  争点

1  被告の注意義務違反の有無

2  右注意義務違反と吉清の右下肢切断との間の因果関係

3  吉清に生じた損害額

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1(被告の注意義務違反の有無)及び争点2(右注意義務違反と吉清の右下肢切断との間の因果関係)について

(原告)

被告は、次のとおりの注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、その結果、糖尿病壊疽の発症の発見及び適切な治療が遅れ、吉清は、右下肢膝下部の切断を余儀なくされた。

(一) 初診時(一月一九日)には低温熱傷に通常伴う疼痛の訴えが全くなかった上、当初の予期に反して同月二二日には感染症状が認められ、同日ケフラール(抗生物質)が投与されたにもかかわらず、同月二四日には更なる悪化が認められたのであるから、同日の時点において、被告には、初診時の知覚障害という所見を含め、吉清に、患部の難治性、易感染性の原因となる栄養障害や糖尿病等の全身的疾患の可能性について改めて問診を行うとともに右可能性を検査するために血液検査を実施すべき注意義務及び使用する抗生物質を変更するとともに、膿を採取、培養して菌の同定を行うべき注意義務があった。

(二) 二月二日に実施されたデブリードマン(壊死部分の切除手術)は患部の壊死部分を完全に切除するものではなかったのであるから、被告は、その後、より慎重に吉清の局所及び全身状態を監視することが必要であり、被告には、その前提として、吉清に、患部の難治性、易感染性の原因となる栄養障害や糖尿病等の全身的疾患の可能性について改めて問診を行うとともに右可能性を検査するために血液検査を実施し、更に初診時に疑われた知覚障害についても触診などごく簡単な方法でその有無、範囲を確認し、また、使用する抗生物質を変更するとともに、膿を採取、培養して菌の同定を行うべき注意義務があった。

(三) 被告は、二月六日、ユベラN(末梢循環障害改善薬)をも投与していたのであるから、当然、吉清が末梢循環を阻害する疾患に罹患していないかを確認するために、新たな問診及び血液検査を実施すべき注意義務があった。

(四) デブリードマン実施後一旦小康状態を保っていた患部が二月一六日ころから再び悪化し、同月一七日には患部の疼痛や膿の増強が認められたのであるから、被告には、患部の難治性、易感染性の原因となる栄養障害や糖尿病等の全身的疾患の可能性について改めて問診を行うとともに右可能性を検査するために血液検査を実施すべき注意義務があった。

また、右のとおり、二月一六日ころから、再度患部の症状が悪化し、同月一七日には更なる悪化が認められたのであるから、被告には、適切な治療をするためには入院による局所的全身的総合治療が必要である旨を吉清に勧告すべき注意義務があった。

さらに、二月一六日ころから、再度患部の症状が悪化し、同月一七日には更なる悪化が認められたのであるから、吉清から海外旅行の是非を相談された被告には、海外旅行自体が患部の衛生状態の悪化及び患者の全身状態の悪化をもたらすものであること並びに本件足病変の悪化によって右下肢切断等の不測の事態を招くおそれがあることを説明し、海外旅行の中止を勧告する注意義務があった。

(五) なお、原告は、右のほか、一月二九日の時点において、症状が熱傷に由来するものか血管障害に由来するものかを鑑別するために、つめ及び皮膚等の観察、足背部での血流測定、血糖及び尿糖の定量検査並びに主要臓器のルーティン検査等を実施すべき義務、二月二日の時点において、徹底したデブリードマンを実施すべき義務がそれぞれあったと主張している。

(被告)

(一) 初診時の、吉清の右第一趾の状況及びその後の経過は、感染を併発した低温熱傷の症状と何ら変わるものではなかった。本件において糖尿病壊疽の発見が遅れた原因は、吉清が、重症の糖尿病に罹患して他医の診療を受けていた事実を被告に秘匿していたことにある。

(二) 糖尿病の重症化において見られる足部の閉塞性動脈硬化による壊疽が現れる段階ともなれば、その進行をくい止めることは困難であり、仮に壊疽が生じた一月末の段階で糖尿病であることが判明していたとしても右下肢切断という結果は避けられなかったものである。現に、吉清は、右足切断後淀川キリスト教病院において厳重な糖尿病治療と管理を受けていたにもかかわらず、腎細動脈硬化症による糖尿病性腎症による人工透析を余儀なくされ、更に左足をも切断するに至っている。

2  争点3(吉清に生じた損害額)について

(原告)

(一) 治療関係費 一一九万四九八二円

吉清は糖尿病壊疽の発症、悪化により、淀川キリスト教病院での治療を余儀なくされ、治療関係費として合計一一九万四九八二円を支払った。

(二) 付添看護料 一万三五〇〇円

吉清は、淀川キリスト教病院で右足甲及び右下肢切断手術を受けるに際し、付添看護を要する状態にあり、原告藤永純が二月二七日、同月二八日及び三月一五日の三日間、付添看護をした。

四五〇〇円×三日=一万三五〇〇円

(三) 入院雑費 九万七五〇〇円

吉清は、二月二七日から五月一二日まで淀川キリスト教病院に入院した。

一三〇〇円×七五日=九万七五〇〇円

(四) 逸失利益 三四三〇万〇四〇四円

吉清の平成元年の年収は八四五万七六五八円であったところ、同人は、被告による債務不履行又は不法行為の終了時である二月二七日から死亡時である平成八年六月一三日までの六年三月間、毎年七九パーセントの労働能力を喪失したもので、新ホフマン係数により中間利息を控除した逸失利益は

八四五万七六五八円×〇・七九×五・一三三六=三四三〇万〇四〇四円

(四捨五入)

である。

(五) 入通院慰謝料 一五〇万円

吉清の入通院期間(入院期間三か月、通院期間二か月)からすると一五〇万円が相当である。

(六) 後遺症慰謝料 一一五〇万円

吉清の後遺障害に対する慰謝料としては一一五〇万円が相当である。

(七) 弁護士費用 五〇〇万円

原告は、本件訴訟の提起を余儀なくされたことにより、損害賠償総額の約一割である五〇〇万円の弁護士費用の支出を余儀なくされた。

(被告)

(一) 治療費について

吉清は治療費のうち五万七〇〇〇円を超えた部分については高額医療費還付の制度により医療保険機構から還付支払を受けているはずである。

(二) 逸失利益について

吉清は大学教授として研究と講義を主たる仕事としていた者であり、下肢を足関節以上で失ったとしても義足の使用により仕事への支障はほとんどない。

第三争点に対する判断

一  吉清の症状及び治療経過

証拠(甲一、二、一一、一三ないし一五、一七、二〇、二八、二九、三六、三九、乙一の1ないし3、三の2、検乙一の1、2、証人吉岡秀夫、吉清本人、被告本人)によれば、吉清の症状及び治療経過は概ね以下のとおりであったことが認められる。

(以下、月日の記載は特記しない限りいずれも平成二年のことであり、年の記載を省略する。)

1(一)  吉清は、一月一九日、本件足病変の治療のため被告病院を訪れた。

(二)  右診察の際、吉清は、「あんかでやけどをしたと思う。以前にも低温熱傷をしたことがある。」旨述べたが、創部の疼痛は訴えなかった。

その際、吉清は、予め記入を求められた問診票に、白内障の手術をしたことがあること及び親兄弟などにガンに罹患した者がいることを記載したが、糖尿病を含む既往症は「ない」と記載し、最近又は現在他の病院にかかっているかとの質問に対しては回答を記入しなかった(なお、吉清は、昭和六三年一二月、交通事故による腰痛治療のために被告病院を受診した際も、問診票に、親兄弟などにガンに罹患した者がいることは記載したが、糖尿病を含む既往症は「ない」と記載し、手術歴及び他の医師による診療の有無については記載していなかった。)。

被告は、吉清の本件足病変を表在性の軽度の第二度低温熱傷によるものと診断し、患部を消毒し、ソフラチュールを介在させた上、ガーゼで患部を保護するという処置をしたが、感染の可能性は低いと判断し、投薬はしなかった。

被告は、初診の際、吉清に前記問診票を示して「この通りですね。」とは聞いたが、右記載内容についてそれ以上の問診は実施しなかった。

2  吉清は、翌二〇日、被告から患部のガーゼ交換の処置を受け、その際、受傷原因につき「学校の床暖房によるかもしれない。」旨述べた。被告は、右説明に疑問を抱いたものの、特に問い返さなかった。

3  吉清は、同月二二日、被告の診察を受け、その際、膿の排出が認められたが、創部の疼痛は訴えず、患部の腫れも認められなかった。

被告は、熱傷部に軽度の感染を併発したものと診断し、患部のガーゼ交換のほか、ケフラール(抗生物質)五日分を処方した。

4  吉清は、翌二三日、被告の診察を受け、「昨日、患部が疼いた。」旨訴えた。被告は、患部のガーゼ交換処置を行った。

5  吉清が翌二四日被告の診察を受けた際、患部はやや汚く、黒ずんでおり、虚血性変化を生じるとともに、甘酸っぱい臭いのある膿が排出された。

被告は、緑膿菌感染を警戒するとともに、熱傷深度が予想外に深くて骨に異常があるのではないか、また、骨髄炎を併発しているのではないかと疑い、患部のレントゲン撮影を実施したが、レントゲン写真に異常は認められず、単に第二度熱傷に感染を併発したもので抗生物質の投与によっていずれ軽快するであろうと判断し、患部のガーゼ交換処置を行った。

6  吉清は、翌二五日及び二六日、被告から患部のガーゼ交換処置を受けた。

7  吉清は、翌二七日、被告の診察を受け、「昨夜患部が疼いた。」旨訴えた。

被告は、患部の皮膚が早期に黒色化し壊死に陥ったことから、このころ、吉清の熱傷は第二度ではなく第三度であると判断し、同日、患部のガーゼ交換のほか、ケフラール及びセデスG(鎮静剤)を各五日分処方した。

8  被告は、同月二九日、患部のガーゼ交換処置をした際、吉清に対し、右第一趾の壊死組織を切除する処置(以下「本件処置」という。)を二月二日に実施する旨伝えた。

9  吉清は、同月三〇日及び三一日、被告から患部のガーゼ交換処置を受けた。

10  被告は、二月二日、吉清に対して、本件処置を実施した。

被告は、患部の損傷は予想外に深く、皮下にも及んでいることを確認の上、第三度熱傷と確定診断を下し、ケフラール、セデスG、ユベラN及びアロカ(胃薬)を各五日分処方した。

11  吉清は、翌三日、五日から七日、九日、一〇日及び一三日から一六日まで、いずれも被告から患部のガーゼ交換処置を受けた。

12  本件処置後、患部の腫れが引いて、痛みが減少し、症状が一時的に軽快した。

13  吉清は、同月一三日、同月一八日から一週間仕事の関係でロサンゼルスに旅行することの是非を被告に相談したところ、被告は、傷も治癒傾向に向かっていると判断してこれを許可した。

14  吉清は、同月一七日、「昨日、患部が疼いた。」旨訴えて、被告の診察を受けた。その際、患部から膿の排出が認められたが、疼痛が現存するとの訴えはなかった。

被告は、感染が再発したものと判断し、患部のガーゼ交換処置のほか、旅行中の感染悪化を防止するためフルマーク(抗生物質)及びキモタブ(膿溶解剤)を各一〇日分処方し、吉清に対し、旅行中も患部の消毒を続行するとともに、患部を濡らさないよう注意し、患部の消毒方法、ソフラチュールの貼付方法及び包帯の巻き方を指導したが、旅行を中止するまでの必要はないものと判断し、旅行に行く場合の危険性について説明をしたり、旅行の中止勧告をしたりするというようなことはなかった。

15  吉清は、同月一八日、一週間の予定で渡米した。吉清は、ロサンゼルス到着時には靴を履くことが困難な状態であり、その後も患部の浮腫及び疼痛の増悪があり、ホノルルへ移動した後の同月二一日には、患部から悪臭がし始めたが、被告より指示された患部の消毒等を行うのみで予定通りの日程を消化し、同月二四日、帰国した。吉清は、帰国時には歩行が困難であった。

16  吉清は、同月二六日、被告の診察を受けたが、患部である右第一趾は、付け根等が黒変し、壊死状態に陥っており、指先は浮腫状に腫れており、右第二趾及び第三趾はチアノーゼを呈して紫色に腫れていて、旅行前と比較して急速に増悪していた。また、同日行われた問診によって吉清が糖尿病に罹患し、勝久医院に通院していることが判明した。

17  被告は、吉清に対して淀川キリスト教病院への即時の転院を勧告したが、吉清が同日の文化庁(東京)への出張予定を変更することは不可能である旨述べたことから、同病院の吉岡秀夫医師への紹介状を作成するとともに、インパシン(抗生物質)の注射をし、フルマーク、キモタブ、ユベラN及びカラン(血液循環改善剤)を各二日分処方した。

吉清は、同日、日帰りで上京した。

18  吉清は、同月二七日、淀川キリスト教病院を訪れ、吉岡秀夫医師の診察を受けた。その際、右第一趾から第四趾はピンプリックテスト(pin prick test)によっても痛覚及び出血のいずれも認められず、完全壊死状態であり、悪臭を呈し、中足骨頭には骨融解陰影が認められ、中足骨基部レベルにおける切断が必要であると診断された。吉清は、同日、同病院に右足糖尿病性壊疽の診断名で入院した。

19  吉清は、翌二八日、右切断手術を受けることになったが、右下肢軟部組織の壊死が進行していたため、右下肢のリスフラン関節(右足根骨)のレベルにおける切断手術となった。

20  しかし、その後も感染巣が鎮静化せず、再発傾向が認められたため、吉清は、三月一五日、右下肢の膝下切断手術を受けた。

21  吉清は、五月一二日、同病院を退院した。

二  糖尿病の病像、糖尿病性足病変及びその治療について

1  糖尿病の病像

(一) 糖尿病に罹患すると全身性に血管性病変、神経性病変が起こってくる。

(二) 糖尿病性血管障害の特徴として、腸骨動脈、大腿動脈などの大きな血管よりも、膝下の血管に病変が起こることが多い。

また、知覚障害型の糖尿病においては皮膚の潰瘍、感染を起こしやすく、壊死に至ることもある。

(三) 糖尿病患者の下肢には潰瘍、壊疽など、多種類の足病変が好発する。

糖尿病患者の足に潰瘍や壊疽が発生する機序は大きく二つに分けられる。一つは糖尿病性神経障害(ニューロパチー)によるものと、もう一つは動脈硬化症を背景とする細小動脈の血行障害によるものであるが、実際には複数の原因による混合型が多く、混合型の場合、しばしば感染症を合併する。

(四) 糖尿病性足病変は難治性疾患である。

(五) 糖尿病性足病変の場合、たとえ軽症でも治療の内容いかんによりかなり予後が異なる。

((一)ないし(五)につき、甲八、三一、鑑定結果)

2  糖尿病性足病変の一原因

こたつ、湯たんぽ、電気毛布、電気カーペット、アンカ、携帯用カイロなど、普通の人なら熱傷には至らない温度でも、糖尿病患者の場合には、皮膚が脆弱化し、かつ、知覚障害を合併しているために容易に低温熱傷を起こす。

(甲三一)

3  糖尿病性足病変の治療

(一) 糖尿病は、受傷機転が明らかではない潰瘍の有力な原因であり、病因が明確でない潰瘍が難治性の場合、循環障害、糖尿病の有無を常に念頭において検査を進めなくてはならないとされている。成書の中には「足に潰瘍を生じてきた患者に対しては必ず糖尿病の有無を検査しなければならない。」と記載しているものもある。

(二) 糖尿病の程度、形態異常、局所の神経障害及び血行障害をチェックし、難治性潰瘍が糖尿病性のものかどうかを推定することは、整形外科、末梢神経外科の通常の診断手技のひとつであるというのが鑑定意見である。

(三) 糖尿病性足病変の治療としては、厳格な血糖コントロールによる全身治療が重要であるとされている。

((一)ないし(三)につき、甲八、三一、鑑定結果、証人熊田馨)

三  熱傷の特徴、程度等

1  熱傷の多くは組織が壊死するため感染を起こしやすく、ことに足趾などは血流が悪く抗生物質もそれ程効果的ではないため、感染が関与すれば更に長期化して難治性となり、一進一退を繰り返して完治に至るまでには数か月単位の相当期間を要する場合がある。 (乙七)

2  熱傷に関する代表的な成書の一つであると解される、ある医学書(「新外科学大系第八巻<損傷・創傷治癒>」中山書店)によれば、熱傷の程度について、次のような記述がなされている。 (乙二)

(一) 熱傷はその面積、深さ、部位により予後が左右される。

(二) 深度の判定

I度(表皮の熱傷epidermal burn)~紅斑、有痛性

II度(真皮の熱傷dermal burn )~深さを更に二つに分類

浅層性(superficial dermal burn ;SDB or IIs )

深層性(deep dermal burn ;DDB or IId )

両者の鑑別

<1> IIs(superficial dermal burn ;SDB)~水疱形成、有痛性、pin prick(+)

<2> IId(deep dermal burn ;DDB)~水疱形成、時に深紅色(へモジデリン沈着による)を呈することがある。知覚鈍麻。 pin prick(±)で受傷直後はIII 度熱傷と区別がつかないことがある。

III 度(皮膚全層 deep burn;DB)~乾燥し羊皮様の色調、無痛性、pin prick (-)、簡単に抜毛できる。

熱傷深度の判定は簡単ではない。受傷翌日あるいは翌々日に再判定する必要がある。水疱があるからII度熱傷とはいえない。例えば、湯たんぽやあんかで時間をかけてできた、いわゆる低温熱傷では、水疱があってもIII 度熱傷のことがある。

3  ところで、低温熱傷について、医師田中秀治は次のような意見を述べている。 (乙七)

「低温熱傷は低温個体に皮膚が長時間接したり、晒されて起こる熱傷であるが、この発生機転の特殊性から、通常の熱傷とは異なる点がある。

相違点の一つは肉眼的所見と熱傷深度が一致しない事である。一般には水泡を形成する熱傷は浅達性II度熱傷と診断される。これに対し、低温熱傷の場合は一見すると肉眼的には水泡形成で浅達性II度と熱傷深度が浅く見えるのに反して、実際は長時間の熱作用により真皮下層まで損傷が及んでおり、臨床上III 度熱傷であることが多く(略<当裁判所>)、水疱が自壊後、水泡底は深くなりその治療には長時間を要する。」

なお、以下においては、医師田中秀治作成の意見書を単に「田中意見書」(乙七)あるいは「田中意見書(追加分)」(乙八)ということとする。

4  さらに、医師田中秀治は、第三度熱傷と感染との関係について、「特に受傷深度がIII 度の熱傷創では、熱による皮膚血流の停止により全身的に投与した抗生物質も十分な濃度に達せず、かつ局所投与の抗菌剤熱傷深部まで到達できない。それゆえ、受傷後7日を過ぎると創内の細菌繁殖が顕在化し、いわゆるBurn wound sepsis の状態となる。」(乙六)とし、他の医学機関誌(乙五)にも右同趣旨の記載(「広範囲II度熱傷およびIII 度熱傷では、創面は細菌増殖地となるだけでなく、感染防御力低下のため、一度、感染すると難治性となる。」)がある。

四  吉清の糖尿病歴及びその治療内容・検査数値並びに糖尿病に関する吉清の知識程度

証拠(甲一〇の2ないし9、一〇の11、12、一一、一七、一九、三五、三九、乙八、吉清本人)によれば、以下の事実が認められる。

1  吉清の糖尿病歴及びその治療内容・検査数値

(一) 吉清は、昭和五〇年ころから大阪大学付属病院で糖尿病の治療を受け始め、当初は運動療法及び食事療法を受けていたが、同病院からの紹介により昭和五五年一〇月から大阪市内の開業医勝久医院(勝久哲男医師)に通院するようになった。

(二) 吉清は、勝久医院において、月に一回程度診察及び血液検査を受け、処方された薬については継続して服用していた。

吉清は、被告病院を受診した平成二年当時も、勝久医院で糖尿病の継続治療中であり、一月二九日と二月八日に、投薬及び血液検査を受けていたが、勝久哲男医師に対して本件足病変について告げていない。

(三) なお、吉清の勝久医院における糖尿病治療歴は長期にわたるといえるが、同医院においてインスリン療法が行われた形跡はうかがえない。

2  検査数値

(一)(1)  昭和六三年中における血糖値は一六三ないし二四四mg/デシリットルであり、ヘモグロビンA1Cは一〇・八ないし一三・〇パーセントであった。

(2)  平成元年中における血糖値は七四ないし二二七mg/デシリットルであり、ヘモグロビンA1Cは八・〇ないし一〇・四パーセントであった。

(3)  平成二年一月八日における血糖値は一八九mg/デシリットルで、ヘモグロビンA1Cは九・四パーセント、一月二九日における血糖値は一二六mg/デシリットルであった。

(4)  同年二月二七日の淀川キリスト教病院への入院時における血糖値は五三九mg/デシリットルであったが、右入院当日、血糖値に大きな変動がみられた。

(二) なお、空腹時血糖値の正常値は七〇mg/デシリットルから一一〇mg/デシリットル、ヘモグロビンA1Cの正常値は概ね四ないし六パーセントとされている。

3  糖尿病に関する吉清の知識程度

吉清は、本件初診時である平成二年一月当時、糖尿病が血流障害を引き起こすこと、壊疽や目の障害を引き起こすこと及び喜劇俳優(榎本ケンイチ)が糖尿病壊疽で足を切断したことを知っていた。

五  争点1(被告の注意義務違反の有無)について

1(一)(1) 前記一3、5認定のとおり、本件足病変は、一月二二日の時点で感染症状が現れ、同月二四日の時点では、抗生剤の投与にもかかわらず、感染が増悪し、甘酸っぱい臭いのある膿が排出され、患部に黒ずんだ虚血性変化が生じている。さらに、前記一7、10のとおり、一月二七日には、患部の皮膚が黒色化し、壊死に陥ったことが確認されるとともに、このころ、熱傷の深度につき第二度から第三度に診断が変更され、二月二日には損傷が皮下にも及んでいることが肉眼所見として確認されている。

(2)ア そこで、本件足病変をもたらした機序に関する被告の認識(低温熱傷)を前提として、被告の行った治療行為、特に感染予防のための治療の当否について、後記(二)以下において検討してみることとする。

イ  なお、一月一九日の段階では、前記一1(二)、三2のとおり、吉清が「あんかでやけどをしたと思う。」旨訴えていた上、水疱形成という、第二度熱傷に見合った症状が現れていたのであるから、本件足病変を低温熱傷による第二度熱傷であると診断したこと自体については何ら問題がないと考えられる。

(二)(1) 田中意見書は「受傷早期の熱傷創感染菌の多くが黄色ブドウ球菌である。通常は感染創初期確認は肉眼的色調や臭いなどで行われる。本件では膿の排泄をみた1月22日(4病日)から黄色ブドウ球菌にも抗菌力のある抗生物質(ケフラール‥CET)が投与されている。この段階では取りあえずスペクトルの広い抗生物質を投与し、ほとんど連日患部の処置(消毒やガーゼ交換)を行って経過を観察した態度は妥当である。その後2週目のデブリードマンで熱傷深度が深くなっていると再評価した時期も適当であり、熱傷深度がIII 度に及んでいることからデブリードマンの後血行改善剤(ユベラ)を併用したことなども使用の根拠からみて適当と思われる。」としている。

(2) 被告が行った、感染予防のための薬物療法(局所治療薬の投与)という見地からは、右(一)の、田中意見書の意見のとおり、本件当時の開業外科、整形外科医の医療水準に照らし、特に不適切と思われる点はないと考えられなくもない。

(三)(1) しかしながら、汚染創の除去を目的とした外科的、局所療法という観点から被告の治療行為(とりわけ本件処置)を検討してみた場合、以下に説示するとおり、その治療の適切性にはなお疑問が残るところである。

(2) 被告は「デブリッドメントというと、日本語では廓清手術というような意味ですね。きれいにするということです。この時点(<当裁判所注>一月二九日の時点)で右の第一趾の皮膚に黒色変化が現れておりますので、カルテには書いてませんが、本件の足の親指ですね。そのままおいておきますと感染を更に誘発しますので、その黒色化した皮膚を切除するというのを二月二日にしましょうということを患者さんに言うております。」と供述している。

(3) そして、田中意見書は、本件処置につき、「デブリードマンの方法としては手術室で充分止血が行える状態なら出血を起こす層まで切除するのが原則であるが、外来での手術ということを考えると、出血を起こす直上の層まで切除して後は自然治癒を待つのが相等であり、壊死感染創を除去し洗浄するという本手術の目的は十分達している。外来では実際にこの様な方法がよく行われている。」としている。

(4) しかしながら、デブリードマンとして行われるべき本来の処置内容とは「通常、無菌部分が露出して出血のみられるところまで切除する。」(甲三六)ことであると解される(鑑定結果)。

また、診療行為の過程において、自己の臨床経験やその医療設備では、治療効果を上げることが困難であると予測される場合には、むしろこのことを患者に説明し転医を促すべきであるともいえる。

(四) ところで、被告は本件処置の内容につき壊死部分を一部残した旨供述し、また、残された壊死部分が新たな感染創になる可能性があることを認めつつも、本件の場合には抗生物質の投与のほか患者の自然治癒力を期待した旨の供述をしている。

この点につき、吉清も「処置が終わったときに確か、もっと取りたかったんだがというふうな発言は聞きましたけれども。」と供述している。

(五)(1) 結局、前記(三)(4) に説示したところ及び被告の前項の供述内容を前提とすると、被告の行った本件処置はいわゆるデブリードマンという医療処置に適合した施術ではなく、また、被告の主観においてもデブリードマンとしての本来的効果を企図して本件処置が行われたものではないと言わざるを得ない。

そして、その後、被告において、潰瘍部と健常部との境界がはっきりするまで、継続して壊死部分を追加除去するとか、排膿処置を試みるとかいった外科的処置を講じた形跡は全くうかがえず、二月六日まで従前同様ケフラール及びセデスGの継続投与(但し、薬効の確認は行われていない。)を行い、ユベラ及びアロカの投与をするのみで、それ以外は患者固有の自然治癒力に期待したということは、治療効果の達成を目的とする行為としては十分なものではないと言わざるを得ない。

以上の点を総合すると、田中意見書の前記(三)(3) 掲記の意見は容易に首肯し難いというべきである。

(2) なお、田中意見書(追加分)は「2月6日頃には感染症状は一応鎮静化し、2月16日の医師の診療時点以後までは安定した状態が継続したものと思われます。」としている。そして、吉清も、「この切除手術を受けてから状態はどうなりましたか。」という問いに対して、「確か腫れは引いて、それ以降は少し傷口が小さくなったような感じもしたんですけれども。」旨供述している。

しかしながら、鑑定結果(補足書)にもあるとおり、二月一七日の診察時における、昨日疼痛があった旨の訴えと膿汁の増加はその前駆症状を伴わないで突然に発症したものとは考え難く、また、患者本人の自覚症状は潰瘍が完全治癒に向かっているかどうかということを示す一つの指標とはなり得ても、決定的な裏付けとなり得るものではないから、田中意見書(追加分)の前記意見は容易に首肯できない。

2(一) 以上検討したとおり、本件足病変をもたらした機序に関する被告の認識(低温熱傷)を前提としたとしても、被告の行った治療行為、とりわけ感染予防のための治療としては適切なものであったとは言い難い。

(二) さらに、被告の予想に反して一月二二日には本件足病変が感染を起こし、一月二七日には患部が虚血性変化によって黒色化するに至り、その結果、被告は第二度熱傷から第三度熱傷に診断を変更している。

(三) このように、自己が当初行った臨床診断とは異なる臨床症状を呈してきたような場合には、単に熱傷治療の観点のみから患肢の経過観察を行うのではなく、専門外疾患の可能性も疑い、具体的臨床症状に即した適切な治療を行うべき義務があるというべきである。そして、被告は床暖房が熱源である旨の吉清の説明につき疑問を感じ(前記第三の一2)、いわば半信半疑であったというのであるから、少なくとも担当医にとって病因のはっきりしない、本件足病変のような、難治性の足底潰瘍については、問診の結果のみに依存することなく、各種検査を実施するなどして、客観的資料による検証をもって基礎疾患の存否を更に確認するなど、病態を正確に把握しておくべき義務があるというべきである。そして、前記二のとおり、糖尿病患者には足病変が好発するのであるから、たとえ糖尿病の具体的徴候が外科、整形外科医である被告の前に発現していないとしても、自己の診断結果と大きく異なる臨床経過を辿っていて、しかも症状が寛解せず遷延傾向にある以上、外科学的観点のみに依拠した診断によっては誤診の可能性があることに留意しつつ、専門外とはいえ、遅くとも本件処置の実施を決定した一月二九日の時点では、内科的疾患である糖尿病羅患の有無について慎重に確認を行うべき義務があったというべきである。なお、難治性の足底潰瘍について糖尿病性のものであるかどうかを鑑別診断することは治療方法を決定する上で重要であり、整形外科における通常の診断手技のひとつである(前記二3)といわれるゆえんもその点にあると考えられる。

(四) なお、右の点につき、田中意見書は「本件の初診時の状態からもその後の経過から判断しても感染を併発した通常しばしば見られる低温熱傷の症状そのものであり、したがって原告患者が糖尿病に罹患していることなどは、患者からそのような情報提供がなければ、症状のみからそれを知ることは不可能なことである。」とか「多少の増悪程度ならばそれによって糖尿病疾患を疑うことまでは困難です。むしろ、このばあい、糖尿病を疑うサインとなりうるのは熊田氏が言われるようにデブリッドメント後も一向に症状が鎮静化せず、逆に感染症状がどんどん増悪の一途をたどるばあいであって、このようなばあいは医師は糖尿病の基礎疾患があるのではないかと疑うことも可能でしょうし、それに対する対処が必要と思われますが、本件はそのような状況であったとは考えられません。」(追加分)と述べている。しかしながら、前記1(五)(2) 及び前項に説示したところのほか、「初診から三日後には創が感染し、一般抗生剤内服にもかかわらず、その翌日、翌々日には深部感染増悪、深部への進展をうたがわせる『疼く』という訴え、壊死組織融解物、膿などによる創部の不潔化と異臭の出現は抗生剤の変更、局所菌検出と抗生剤感受性試験及び、易感染性、創部治癒遷延の原因としての糖尿病検索などの必要性を強く示唆するものである。」旨の鑑定結果に照らし、田中意見書の右意見は容易に採用できない。また、被告本人も虚血性変化は血流障害を現していること、血流障害がある場合、その原因としては糖尿病性のものが一番多いことのほか、原因不明で足が黒ずんでいる場合には、糖尿病をまず調べ、足背動脈あるいは膝下動脈、大腿動脈のチェックをする旨供述しているところでもある。

六  争点2(右注意義務違反と吉清の右下肢切断との間の因果関係)について

1  吉清が二月二七日に淀川キリスト教病院に入院した際の診断名は糖尿病性壊疽であるところ、右糖尿病性壊疽が感染を主原因とするものか、血行障害を主原因とするものかあるいはこれら各種原因が混合したものであるかなど、その具体的な発生機序を明らかにする証拠はない。しかしながら、そのいずれであるにせよ、一月二九日以前の段階では、レントゲン写真上も骨髄炎など異常所見は認められず、第一趾を超える皮膚の異常所見も認められなかった(前記一1ないし8)。右事実と、糖尿病性潰瘍が原因で局所の壊死に至る経過に関して一般的な医学的見解を述べた鑑定人の意見(鑑定結果)をも参酌して考えると、被告が遅くとも一月二九日の時点で糖尿病の基礎疾患の存在を発見し、右疾患を視野においた措置を採り(被告本人尋問の結果によれば、尿糖、空腹時血糖値の検査、足背動脈の触診検査は、いずれも、被告病院において実施可能なものであることが認められる。)、その上で血糖コントロールを含む全身管理(前記二3(三)参照)が行われていたならば、右下肢膝下部の切断を回避することができたと推認するのが相当である。

2  田中意見書は「本症でも非熱傷側の下肢も同様に切断している事を考えると、結果的には本症では熱傷とのみ診断された事が経過にほとんど影響を与えていないと言える。」とし、右下肢の切断は急激な糖尿病の悪化を直接原因とするものである旨の意見を述べている。しかしながら、左足切断に至った経過についてはこれを医学的に明らかにする具体的な証拠はないし、前記五1(五)(1) に説示したところに照らし、右下肢の切断は被告の行った治療行為の適否とは無関係である旨の意見は採用できない。

七  争点3(吉清に生じた損害額)について

1  治療費等 一一六万四八七二円

前記一18ないし21及び証拠(甲二、四二の一ないし一一、一三、一四)によれば、吉清は、二月二七日から五月一二日まで(七五日間)淀川キリスト教病院に入院し、その後同病院に通院し、五月二四日に患部が治癒したこと、並びに、右入通院による治療費、室料及び文書費等として合計一一六万四八七二円を支出したことが認められ、右支出が本件被告の注意義務違反と相当因果関係のある損害であるというべきである。

なお、この点につき、被告は、治療費のうち五万七〇〇〇円を超えた部分については高額医療費還付の制度により医療保険機構から還付支払を受けているはずである旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

2  付添看護料 一万三五〇〇円

前記一19、20及び弁論の全趣旨によれば、吉清は、淀川キリスト教病院に入院中、二月二八日に右下肢リスフラン関節のレベルでの切断手術を、更に三月一五日には右下肢の膝下切断手術を受けたこと、並びに、右手術を受けるに際し、付添看護を要する状態にあり、原告藤永純が二月二七日、同月二八日及び三月一五日の三日間付添看護をしたことが認められる。

よって、近親者による付添看護一日当たり四五〇〇円として、被告が賠償すべき付添看護料としては次の金額が相当である。

四五〇〇円×三=一万三五〇〇円

3  入院雑費 九万七五〇〇円

吉清は前記入院をしたことに伴い一日当たり一三〇〇円程度の諸費用の支出を免れなかったものと推認される。してみると、被告が賠償すべき入院雑費としては次の金額が相当である。

一三〇〇円×七五日=九万七五〇〇円

4  逸失利益 三四三〇万〇四〇四円

前記一20及び甲三によれば、吉清は、右下肢の膝下切断手術を受け、「下腿の二分の一以上で欠くもの」として身体障害者四級の認定を受けたことが認められ、右症状は自動車損害賠償法施行令別表にいう後遺障害等級第五級五号の「一下肢を足関節以上で失ったもの」に該当するものと認められる。

そして、吉清は、原告が主張するように不法行為の終了時から死亡時までの六年三か月間は就業可能であったと認められ、後遺障害の内容、程度等からすれば、吉清は、右期間中おおむね毎年七九パーセントの労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。

また、甲四一によれば、吉清の平成元年度の給与所得が八四五万七六五八円であったことが認められるから、これを基礎として、吉清の右労働能力喪失率による六年三か月間(原告主張期間)の逸失利益の、新ホフマン係数により中間利息を控除した、五月二四日(症状固定日)現在の現価を算出すると、被告が賠償すべき逸失利益としては次の金額が相当である。

八四五万七六五八円×〇・七九×五・一三三六=三四三〇万〇四〇四円

(円未満切り捨て)

5  入・通院慰謝料 一〇〇万円

吉清の症状、入・通院期間等本件に現れた一切の事情を考慮すれば、一〇〇万円をもって慰謝されるのが相当である。

6  後遺障害慰謝料 九二〇万円

吉清の後遺障害の部位、程度のほか、初診時に記入した問診票に糖尿病を含む既往歴はない旨記載した上、糖尿病の治療のため勝久病院に通院している旨の記載もしなかったこと等本件に現れた一切の事情を考慮すれば、後遣障害慰謝料としては九二〇万円をもって慰謝されるのが相当である。

7  右1から6の合計額 四五七七万六二七六円

8  弁護士費用 四五〇万円

本件事案の性質、内容及び原告らが被告に対して有する損害賠償請求権の額からすると、原告らが被告に対して賠償を求め得る弁護士費用としては四五〇万円をもって相当と認める。

9  損害合計額 五〇二七万六二七六円

(なお、債務不履行に基づく損害賠償請求の場合であっても、原告らが被告に対して賠償を求め得る損害額は右金額を超えることはないと認められる。)

第四結論

よって、原告らの被告に対する各請求(いずれも不法行為に基づくもの)は主文の限度において理由があるからこれらを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条本文を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高山浩平 裁判官 小池明善 裁判官 高松みどり)

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